2013年12月25日

足りないもの

毎日の生活で足りないもの。
朝起きるときの充足感。日中のハツラツとした気持ち。帰宅後の夜、明日に向けての希望。

現実はしんどい。
朝起きて「あぁ、また今日が始まるのか」というどんよりした気分から始まり、
日中はしんどさが溜まったら頓服の安定剤を飲む。
帰宅後の夜は、風呂に入ることも億劫になって湯船に浸かるだけで、そのまま眠ることもしばしば。
しょうがなく歯磨きと髭剃りは毎日済ます。以下無限ループ。

ソニータイマーみたいに、ある時を超えたら壊れてしまえたらどんなにいいだろうか。
来週の元旦でも良い。早くその時が来て、消えてしまいたい。。
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2013年12月17日

今年を振り返る

新年は初詣に参らなかった。というのも、昨年の秋に祖母が亡くなったためだ。ネットで注文したおせちをつついて正月を終えたように思う。

2月、特筆するほどの事でもないけど友人の恋愛相談に巻きこまれた記憶がある。主に愚痴の聞き役だった。そして少なからず金を貸した(夏ごろ、全額戻ってきた)。

3月、このころから地元の酒場に入り浸るようになる。激しい時は隔日に1回は行っていた。

4月〜6月、60連勤ぐらいした。その憂さ晴らしは友人と飲む酒だった。時には1人でスナックに行っては散財した。

7~9月、生まれて初めてだったが夏季にうつ状態になった。主治医に相談して頓服を増やしてもらった。

10月~現在、相変わらずズルズルとうつ気味の状態である。投薬量は夏季の3倍になった(とはいっても、重度の場合と比較したら大した量ではないのだけれど)。

来年で30代になってしまうが、精神面において特段の進歩はない。が、責任は年々増えているのが身に染みる。卒なくはこなせなくとも、手遅れにならない前に片づけようとするようにはしている。
自分の能力は経験・知識・考察・機転のどの分野においても秀でていない。地頭でもって最善を尽くさないわけではないけど、自分の分を超えるものについては周りにしつこいぐらい訊いて対応策をもらっている。そんなこんなで働き出してもう7年目になった。

上司からは自分で臨機応変に対応することを求められている。独断による裁量を任せられているということなのか。。現時点では出来ない事が多いが、出来ないと言って上のいうままやっていては何も変わらない。これは確かだ。限られた情報のなかで正しい方向を導き出すこと。たとえ状況が右往左往しても柔軟に対応すること。実際に現場で応対しているけど、神経がめちゃくちゃ擦り切れる。残業して帰宅後、寝ようとしても案件が頭の中をグルグル回って寝れないことも多い。結果、忙しい時期はナイトキャップと称して酒に逃げた毎日。飲んでも堂々巡りのQ&Aが頭の中をよぎる。

何が大切なんだ?ー仕事におけるトラブルの解消。

私生活は?ーその後だろ。

こなせている人もいるぞ?ー俺にとってはそれだけで重荷なんだ。

言い訳に過ぎないが?ー批判聞くより寝てしまいたい。

そうやっていつも逃げているんだ。今日も、何年間も?ー生きているだけでしんどいと思う日が大半だ。

何歳でその目処が付くんだ?−俺にだって判らない。きっと生きてる限り思い続ける。

何のために思い続けてる?−少なくとも建設的な方向で思ってはない。今日降り積もった邪魔な積雪を取り除く、そのことに対してしんどいと思うだけなんだ。

終わらない雪かきをしているという訳だ?−そういうことになる。

それを酒や薬で紛らわしていると?−だろうと思う。

ストレス耐性が弱いだけのように思うが?−否定はしない。実際、起床してから「また一日が始まるのか…」と絶望にも似た感情になることが多い。

それは生まれながらのものか?−幼少期の頃とは違ったようには思うが、責任感が芽生えだしたころから争い事は嫌いになった。中立や中庸な立場を好んで選んだ。でも腹の立った事に対してはそれなりに喧嘩をした。

この問答は何のためにしている?−少なからず自分の心境を整理するためにしていると思う。これを繰り返したところで心中の視界が澄み渡るようになるとは到底思ってはいない。日記の代わりの様なものだと思う。

遺書や辞世の句といったものはあるか?ー書こうとして、本心を正確に書き表せないことに苛立って何度もノートを破り捨てたことはある。特に自分の事についてかける言葉はないように思う。

思い続けた末に答えは出ると思うか?−わからないままだと思う。死について考えても経験し得ないし、想像上でしか思い描くことが出来ない。そんな条件で得る結論はなんの答にもならないと思う。知りえないことについては沈黙しかないとも思う。何かの用語でそんな立場をアグノスティックというと聞いた覚えがある。

無知の知、ということか?−程度問題だが、別に知らないことは恥じることはない。充分に知らないから納得のいくまで知ろうとすることができるのではないか。

過去の自分が10年後にこんな問答を繰り返していることを知ったらどう思うか?−特段驚きもしないように思う。学生時代から狭い6畳間で延々と本を読みふける生活に満足していた。そのなれの果てと言ってしまえばそれまでだ。

さて、そろそろ明日に備えて寝るんじゃないか?−悲しかろうが辛かろうが容赦なく時間は過ぎる。非情なまでに明日は訪れる。今まで書いてきたこの問答も、働いてる最中は浮かびさえしないんだ。さようなら、夜の時間。つかの間の時間。また、酔ったときに逢うだろう。
posted by ゆう at 22:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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